学校の歴史H30学校要覧より 一部改変)

 長谷小学校区は南種子町と中種子町の町境に位置し,海抜190mから200mの台地にあります。そのため校区の大部分は畑地です。年間を通じて温かく,亜熱帯的気候であり降水量も多いです。校区の周囲に高い山がないため一年中四方からの風が強く,特に冬期は北西から強い季節風が吹きます。  
 
 上の写真は校門のすぐ隣にある創立50周年の記念碑です。終戦前の長谷小校区は,雑木とあしの生い茂った広い荒野で,耕地は少なく,10戸余の民家が点在していました。昭和20年の終戦後に,南洋群島・台湾・朝鮮等からの引き上げ者や種子島分遣隊を現地除隊になった旧軍人,奄美大島からの移住者等の集団入植者によって,耕地を開拓してできたのが今の長谷小学校校区です。記念碑には下のように書かれています 

沿 革

昭和二十二年四月に,入植開拓民の子弟教育のために,旧海軍分遣隊跡の敷地建物を借用し,児童数が一二三名,職員数六名,四学級編制をもって,開校した。
 その後,敷地建物の払い下げ,建物の大修理,運動場の設置,教室等の整備,学林地の設定植林,校舎建築等,新設校としての難事業が続いた。校勢は順調に伸び,昭和三十九年の児童数二六五名七学級編制となった。その後は漸次小規模化したが,プール,体育館,新校舎の建築等充実した環境整備がなされた。平成八年四月,創立五十周年を迎え,児童は校訓「誠」の心を宝にし,「かしこい子供・やさしい子供・たくましい子供」をめざし,緑いっぱい,花いっぱいの素晴らしい学校で,精いっぱいがんばっている。
 創立以来五十周年の歴史と伝統に輝き,この間に築かれた素晴らしい校風は,教職員・父母・地区民の教育に対する情熱と開拓魂によって受け継がれ,現在に至っている。よって,ここに創立五十周年記念碑を建立する。

 平成八年六月三十日
   
長谷地区民   
  出 郷 者    建 之

   先師一同

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